マイクロカプセル 農薬

マイクロカプセル×農薬―施工前に知っておきたい健康リスクと安全な代替策

家を長持ちさせるために、シロアリ対策は欠かせません。ですが、シロアリ対策で「農薬」を使うとき、私たちは「家の耐久性」と「家族の健康リスク」を天秤にかけて選んでいる――この事実をどれだけ意識できているでしょうか。

近年は薬剤を長持ちさせるために「マイクロカプセル化」という技術が使われています。微小な殻に包んで少しずつ放出させる仕組みのため、施工直後のにおいや刺激は抑えられる一方で、「低濃度が長く続く」という特徴があります。環境中やハウスダストを介した広い拡散・長期残留が懸念され、健康影響の評価手法もまだ十分に確立していない領域が残っています。使い方を誤れば、今後数十年単位での慢性曝露につながる可能性も否定できません。

本記事では、施工前に知っておきたい健康リスクと、後悔しないためのより安全な代替策をわかりやすく解説します。

フィプロニルとプラレトリン ― 混合された防蟻農薬の特徴とリスク

家の耐久性を守るために使われる防蟻剤には、複数の殺虫成分を組み合わせた製品があります。例えば「フィプロニル」と「プラレトリン」という農薬が組み合わせた製品があります。

農薬の健康影響は動物実験から決めている

農薬とは、もともと農業用に作られた化学薬品です。
つまり人間の住環境や体に直接使うことは想定されておらず、医薬品のように「人に投与して安全性を確認する」ことはありません。

農薬の健康影響は動物実験から決めている

農薬の健康影響評価は、ラットやマウスなどの動物実験の結果を人に当てはめることで行われます。
しかし動物で起きた影響が、人でも同じように起きるかは完全には分かりません。
このため「安全だ」「危険だ」という議論は、どうしても推定に基づく平行線にならざるを得ないのです。

ここで重要なのが、日本で採用されているレギュラトリーサイエンスという考え方です。
これは「最低限の安全を確保した上で、化学製品を使える条件を決める」仕組みです。

あなたの家庭にとってどの程度の健康リスクを許容するかは、最終的にはご自身で選ぶ必要があります
「予防的に対策するのか、最低限の安全でよいと考えるのか」――その選択を迫られるのです。

ADI(1日耐容摂取量)という考え方

農薬の慢性毒性を表す代表的な指標が**ADI(Acceptable Daily Intake:1日耐容摂取量)**です。
これは動物実験で「影響が出ない量(NOAEL)」を見つけ、安全係数(通常100倍など)で割った値で、
「人が一生涯、毎日その量を摂っても健康に悪影響が出ないと推定される量」を示します。

例:フィプロニルのADIは 0.00019 mg/kg体重/日(FAO/WHO JMPR 2017)

ただしこの数値は食品中の残留農薬を想定しており、住宅内で空気から吸入したり皮膚から入る場合は条件が異なります。
それでも、長期的な慢性リスクを比較する目安として世界的に最も広く使われています。

ほかの評価指標

急性の影響を見るARfD(急性参照用量)や、作業者向けのAOEL(職業曝露許容量)などもありますが、
家庭で防蟻処理を検討する場合には、まずADIを理解すること
が出発点となります。

混合された防蟻農薬の特徴とリスク ― フィプロニルとプラレトリンが混ざった場合

家の耐久性を守るために使われる防蟻剤には、複数の殺虫成分を組み合わせた製品があります。
ここではフィプロニルプラレトリンが混合されたケースを例に、特徴とリスクを整理します。

フィプロニル:長期的なリスクが大きい

  • 作用機序:害虫の神経系にあるGABA受容体を阻害し、麻痺や死に至らせます。

  • ADI(1日耐容摂取量)0.00019 mg/kg体重/日(FAO/WHO JMPR 2017)。
    → きわめて小さな値で、ごく微量の長期曝露でも注意が必要です。

プラレトリン:即効性のあるピレスロイド系

  • 作用機序:ナトリウムチャネルを開いたままにして神経を過剰興奮させます。

  • 蚊取りスプレーなどでも使われる成分で、即効性が高いのが特徴。

  • ADI0.025 mg/kg体重/日(FAO/WHO JMPR 2007)。

毒性をわかりやすく比べると

一般的に使われるネオニコチノイド系農薬チアメトキサム(ADI 0.018 mg/kg/日)と比べると、
フィプロニルは約95倍も厳しい数値
で、慢性毒性の強さが際立ちます。
一方、プラレトリンはネオニコチノイド系農薬の一種であるチアメトキサムとほぼ同程度です。

混合する目的と評価

おそらく「即効性(プラレトリン)で動きを止め、持続性(フィプロニル)で再発や繁殖を防ぐ」ことを狙った処方と考えられます。
しかし混合剤のリスク評価は、成分ごとに摂取量をADIで割り、足し合わせる(ハザード指数=HI)のが国際的な基本です。

もし同じ量が体に入った場合、ADIが非常に小さいフィプロニルがリスクの大部分を占めることになります。
ただしこれはあくまで慢性毒性を足し合わせた理論値であり、実際に複合したときの相互作用や相乗効果までは評価の対象となっていないのです。

農薬のマイクロカプセル化の未知のリスク

マイクロカプセル化は通常噴霧処理の「ニオイや高濃度曝露のリスク」を下げる代わりに、低濃度が長く続きます。

  • 施工者にとっては安全:ニオイや高濃度ばく露が減るため、作業時のリスクは下がります。

  • 住まい手にとっては未知の危険:敏感な方・子ども・ペットにとっては、「長く続く微量」が体調不良の引き金になる可能性があります。

マイクロカプセルって何?

農薬の有効成分を**極小のカプセル(樹脂の殻)**に閉じ込め、少しずつ放出させる技術です。

  • メリット:施工直後のニオイや刺激を抑えられる/効果が長持ちする

  • デメリット:低濃度が長期間続く/壊れたカプセルが環境中に拡散する

👉 身近な例は香り付き柔軟剤。これが「香害」として問題になるのも、マイクロカプセルによる長期放散のためです。

マイクロカプセルはどこまで広がる

マイクロカプセル自体の研究はまだ進んでいますが、同じくらいの大きさのマイクロプラスチックではすでに驚く報告がたくさんあります。

  • 地球の果てでも見つかった
    北極や南極の氷や雪の中、誰も住んでいない遠い場所からも見つかっています。
    → 風や雨、海の流れにのって地球の端まで届くことがわかっています。

  • 深海でも見つかった
    海の一番深い海溝や泥の中からも検出されました。
    → 一度沈んでもまた海流で舞い上がり、地球を回り続けると考えられています。

  • 人間の体の中からも見つかった
    胎盤(赤ちゃんを守る器官)、血液、肺、そして動脈の中や脳にまで入り込む可能性が報告されています。
    → 血液に入ると全身に運ばれ、思ってもいなかった臓器まで届いてしまうのです。

住宅内外で使われるマイクロカプセル農薬も、壊れたカプセルがほこりや土埃に混じって漂えば、吸い込んだり、皮膚についたり、口に入ったりする可能性があります。

 

農薬に頼らない代替策 ― ホウ酸処理という選択

そもそも考えてみてください。
シロアリは自然界で木を分解する大切な役割を持つ昆虫で、すべての家に必ず大量に入ってくるわけではありません。過剰に土壌へ農薬をまくことが、本当に必要なのでしょうか。

近年では「ベイト」と呼ばれるシロアリ用トラップを設置することで、土壌全体に農薬をまく必要を減らす方法も広がってきています。

さらに、住宅内部の木材処理にはホウ酸処理が有効です。
ホウ酸は天然のミネラル成分で、適量であれば人間に大きな害はありません。しかも無機物なので揮発せず、空気を汚さないのが大きな特徴です。木材にしっかり浸透させておけば、水で流されない限り効果は半永久的に続きます。

つまり、5年や10年ごとに農薬を繰り返し散布するのではなく、一度の処理で長期間家を守ることができるのです。実際、アメリカやニュージーランドでは、すでにホウ酸処理が防蟻の主流になっています。

ホウ酸は必須ミネラルの一つとして人間の体にも必要な栄養素であり、農薬ではなく「自然に近い素材で家を守る方法」として注目されています。

まとめ ― あなたの家づくり、どんなリスクを選びますか?

家をシロアリから守ることは大切です。しかし、そのために使われる防蟻処理農薬は、家族やペットの健康にとって新しいリスクを生むこともあります。特にマイクロカプセル化された農薬は、「長く続く微量曝露」という、これまで想定されなかったリスクを抱えています。

私たちが忘れてはいけないのは、農薬はもともと人に使うことを前提としていない化学薬品だということ。動物実験の結果を参考に「安全」とされていますが、人間にとって本当に安全かどうかは分かっていないのです。

一方で、ホウ酸処理は農薬を使わずにシロアリから家を守る方法として実績を積んできました。より自然に近い方法で、大切な家と家族の健康を同時に守ることができます。

あなたの家づくりにとって大事なのは、「シロアリを防ぐこと」だけではなく、「健康で安心して暮らせる環境を残すこと」。農薬のリスクと代替策を知った上で、納得のいく選択をしていただければと思います。

  • この記事を書いた人

空環研_石坂

空気環境改善研究所代表理事 石坂閣啓(イシザカタカヒロ) 三浦工業株式会社入社後、三浦環境科学研究所に配属 その後愛媛大学に出向、大学院農学研究科の環境産業科学研究室の助教を経て独立。 室内中の124種類以上の化学物質が検出可能な「エアみる」を使った空気測定を使って令和のシックハウス対策に取り組む 専門:室内空気中の化学物質汚染

-マイクロカプセル, 農薬