こんな点が気になる方に読んでいただきたい内容です。
- TVOCが高い・低いだけで室内空気を判断してよいのか気になる
- 多くのVOCを測定したあと、何を優先して見ればよいのか知りたい
- VOCやPM2.5、CO₂などを含め、室内空気全体をどう評価するのか知りたい
TVOCとは、空気中に存在するさまざまな揮発性有機化合物(VOC)をまとめて示した指標です。
室内の化学物質汚染を大まかに把握するには便利ですが、TVOCの数字だけでは、その部屋の空気に何が含まれているのかまでは分かりません。
たとえば、同じTVOC 1,000µg/m³の住宅でも、空気の中身は異なる可能性があります。
- 木材から出たα-ピネンが多い住宅
- 塗料や接着剤由来の成分が多い住宅
- 芳香剤や生活用品由来の成分が多い住宅
では、多くの化学物質を測定したとき、何を基準に「この物質は特に注意して見た方がよい」と判断すればよいのでしょうか。
1本目|たくさんのVOCの中から「優先して見るべき物質」を選ぶ研究
最初に紹介するのは、中国の博物館を対象に室内VOCを詳しく調べた研究です。
Fan Y, Zhou H, Shi A, Zheng Y, Wang L, Jia Z, He X, Huang S, Fu S.
Health Risks of Museum Indoor VOCs in China: Integrated Exposure Assessment, Toxicity Prioritization, and Toxicogenomic Mechanistic Exploration.
Indoor Air. 2026;2026:7127685.
2026年9月1日公開。
この研究では、中国の北京、湖北、広東にある3つの博物館を対象に、室内空気中のVOCを測定しました。
測定されたVOCは55種類です。VOCについては吸着管とGC/MSを使った分析を行い、ホルムアルデヒドなどのアルデヒド類については別の方法で測定しています。
つまり、「TVOCが高いか低いか」だけではなく、空気の中にどの化学物質が存在しているのかを個別に調べた研究です。
「一番濃い物質」が一番重要とは限らない
たくさんの化学物質を測定すると、次の問題が出てきます。
どの物質を優先して見るべきなのか。
たとえば、100µg/m³存在するけれど比較的毒性が低い物質と、5µg/m³しか存在しないけれど毒性が高い物質では、同じようには評価できません。
また、一つの部屋だけで高濃度だった物質と、多くの部屋で繰り返し検出される物質でも意味が異なります。
そこで研究者たちは、ToxPi(Toxicological Priority Index)という方法を使っています。
簡単にいうと、次のような情報を組み合わせて、「優先して評価した方がよい化学物質」を順位づけする考え方です。
- どのくらいの濃度で存在するか
- どのくらい頻繁に検出されるか
- その物質にどのような毒性情報があるか
研究では、キシレン類、ホルムアルデヒド、エチルベンゼン、ベンゼンなどが優先度の高い物質として抽出されました。
ここで重要なのは、「濃度が高い順」と「健康という観点から優先して見るべき順」は必ずしも同じではないということです。
TVOCだけを見ていると「中身」が見えない
たとえば、新築住宅でTVOCが1,500µg/m³だったとします。
この数字だけを見ると、「VOCが多い住宅」という評価になります。
しかし実際に成分を分析すると、住宅Aでは木材由来のα-ピネンが大半を占め、住宅Bでは塗料や接着剤由来の溶剤成分が多く、住宅Cでは複数の生活用品由来成分が混ざっている、ということがあります。
TVOCの数字が同じでも、空気の中身は違うわけです。
TVOC
↓
個別の化学物質
↓
発生源
↓
その物質に関する健康情報
室内空気を詳しく評価するには、このように段階的に見ていく必要があります。
今回の研究は、そのさらに先にある、「個別成分を測定したあと、どう評価するか」という問題に取り組んでいます。
ただし「優先度が高い=健康被害が起きる」ではない
ここは非常に重要です。
ToxPiで上位に入った物質について、「この物質があるから健康被害が起きる」と判断することはできません。
実際の健康影響は、さまざまな条件によって変わる可能性があります。
- 濃度
- 曝露時間
- 年齢
- 個人差
- 換気状況
- 他の化学物質との組み合わせ
今回の研究は、どの物質を優先して詳しく調べるべきかを考える方法として興味深いものです。
一方で、その室内で実際に健康被害が起きたことを証明した研究ではありません。測定された事実と、毒性情報などから推定された可能性は分けて考える必要があります。
2本目|室内空気を「総合点」で評価しようという欧州の動き
もう1本は、欧州の研究プロジェクトSynAir-Gから発表された論文です。
Siemens K, Abramidze T, Akdis C, et al.
A SynAir-G Position Statement for the Improvement of Indoor Air Quality for Children.
Indoor Air. 2026;2026:9690417.
2026年8月29日公開。
こちらは、一つの実験結果を報告する論文ではなく、これまでの研究を整理し、今後どのように室内空気質を評価していくべきかを示したPosition Statementです。
室内空気にはVOCだけがあるわけではない
私たちが室内で吸っている空気には、さまざまなものが含まれています。
- VOC
- PM2.5
- PM10
- NO₂
- CO₂
- カビ
- 細菌
- 花粉
さらに、温度や湿度、換気状況も室内環境に影響します。
しかし現在の室内空気研究では、「VOCだけ」「PM2.5だけ」「CO₂だけ」というように、一つの項目だけを評価する研究も少なくありません。
SynAir-Gでは、実際の生活環境では複数の要因に同時に曝露しているという考え方を重視しています。
「測る場所」と「実際に吸う量」は同じではない
この論文で興味深いのは、既存研究の弱点についても踏み込んでいる点です。
たとえば室内VOC研究では、部屋の中央に測定器を置いて濃度を測る方法がよく使われます。
しかし、人が実際に吸っている空気は、その一点の空気と完全に同じとは限りません。
また、次のような問題も指摘されています。
- 測定期間が短い
- 研究ごとに症状評価方法が異なる
- 生活習慣などの影響を十分考慮できていない
- 複数の汚染物質を同時に評価していない
「ある物質が測定された」ことと、「その物質が症状の原因だった」ことは別の話です。
この点は、室内空気と健康の関係を考えるときに重要な注意点です。
欧州では「室内空気をまとめて評価する」方向へ
SynAir-Gが今後進めようとしている重要な取り組みの一つが、統合的なIAQ Index(室内空気質指標)です。
IAQはIndoor Air Quality、つまり室内空気質を意味します。
現在は、「CO₂は○ppm」「PM2.5は○µg/m³」「VOCは○µg/m³」と、それぞれ別々に評価することが一般的です。
しかし一般の人からすると、「結局、この部屋の空気は良いのか悪いのか」が非常に分かりにくいという課題があります。
そこで、次のような項目を組み合わせ、室内空気全体を分かりやすく評価できる指標をつくろうという考え方です。
- CO₂
- PM2.5
- PM10
- VOC
- NO₂
- 温度
- 湿度
SynAir-Gでは、測定項目や測定方法、センサーの性能、データの解釈方法などについて、欧州標準化につながる枠組みを検討しています。
2本の研究に共通する「次の課題」
今回紹介した2本の論文は、内容はかなり違います。
一つは博物館のVOC測定、もう一つは欧州の室内空気研究・標準化に関する提言です。
しかし、共通しているテーマがあります。
「測った後、その数字をどう評価するのか」
現在は分析技術が進歩し、多くの化学物質を測定できるようになりました。
しかし、100種類の化学物質を測定して100個の数字をそのまま一般の人に渡しても、「結局、どう考えればいいのか分からない」という問題が残ります。
1本目の研究では、多数のVOCの中から優先して見るべき物質を選ぶという方向が示されています。
2本目では、VOCだけでなく、PMやCO₂なども含めて室内空気全体を評価するという方向が示されています。
「何を測れるか」から
↓
「測った結果をどう理解するか」へ
室内空気研究は、次の段階に進みつつあると考えられます。
エアみる法でも重要になる「測定後の評価」
空気環境改善研究所で使用している「エアみる法」でも、多種類のVOCを分析しています。
これは、単純にTVOCだけを見るのではなく、「実際に空気の中に何が存在しているのか」を見ることが重要だと考えているためです。
たとえば新築住宅では、木材からα-ピネンが多く出ている住宅もあれば、塗料や接着剤由来の成分が多い住宅もあります。
TVOCだけでは、この違いは分かりません。
ただし、多くの物質を測定できるようになるほど、次は「その中で何を特に注意して見るのか」が重要になります。
今回紹介した研究のように、濃度だけではなく、次のような情報を組み合わせることで、より分かりやすい評価方法をつくれる可能性があります。
- 健康影響に関する情報
- 検出頻度
- 曝露期間
分かりやすさと「中身」の両方が大切
統合指標は、一般の人にとって非常に分かりやすい方法です。
たとえば「この住宅の空気はA評価です」と示すことができれば、100種類の化学物質の数字を並べるより簡単です。
一方で、評価を一つの数字だけにしてしまうと、なぜその評価になったのかが分からなくなる可能性があります。
総合的な評価
+
その根拠となった個別の測定結果
この両方を示すことが重要だと考えています。
これは健康診断にも似ています。
健康診断には総合判定がありますが、血圧、血糖、コレステロールなどの個別データも確認できます。
室内空気も同じように、分かりやすい総合評価と、詳細な測定データを組み合わせることが理想的なのかもしれません。
室内空気の「見える化」は次の段階へ
今回の2本の研究から、室内空気の評価は次のような方向へ進んでいることが見えてきます。
測る
↓
何があるか調べる
↓
優先して見る物質を考える
↓
室内空気全体を評価する
↓
一般の人にも分かる形で伝える
住宅の室内空気質については、まだ住宅購入時に十分な情報が提供されているとは言えません。
まずは、実際の住宅の空気を測ること。
そしてその次に、測定結果の意味を、正確かつ分かりやすく伝えること。
この二つが今後ますます重要になると考えています。
空気環境改善研究所でも、室内空気を単に測定するだけではなく、「その測定結果を、家づくりや生活の中でどう生かすか」というところまで含めて、研究と情報発信を続けていきたいと思います。
今週紹介した論文
1.Fan Y, Zhou H, Shi A, et al.
Health Risks of Museum Indoor VOCs in China: Integrated Exposure Assessment, Toxicity Prioritization, and Toxicogenomic Mechanistic Exploration.
Indoor Air. 2026;2026:7127685.
2026年9月1日公開。
オープンアクセス:無料で全文閲覧可能
2.Siemens K, Abramidze T, Akdis C, et al.
A SynAir-G Position Statement for the Improvement of Indoor Air Quality for Children.
Indoor Air. 2026;2026:9690417.
2026年8月29日公開。
オープンアクセス:無料で全文閲覧可能
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