第26回シックハウス問題に関する検討会の概要
2-エチル-1-ヘキサノール、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールモノイソブチレート、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレートのリスク評価が行われました。これらの物質の室内濃度指針値は2017年に設定予定でしたが、業界の多数の意見により再検討されました。
今回、第26回シックハウス問題に関する検討会において、初期リスク評価の結果より、これらの3物質の追加は実質見送りとなりました。
主な理由は追加が予定されていた化学物質の有害効果が観察される濃度と実際の曝露濃度との比率が高く、実質リスクが低いと判断されたためです。
この計算ではこれまでの実態調査の結果得られた室内濃度を採用してリスクを計算しています。この実態調査では新築ではなく既存住宅の調査をもとにした値です。室内濃度指針値は一生涯その濃度以下で生活しても影響が出ない値として考慮したものであるので、既存住宅の測定結果を用いることは当然です。しかしながら、シックハウス問題の多くが新築やリフォームの直後に起きていること踏まえると、室内濃度指針値だけでこの問題を防ぐのは不十分かもしれません。
室内濃度指針値はあくまで最低限度の健康な室内環境を維持するためのものであることを意味します。
なかでも2-エチル-1-ヘキサノールは実態調査において得られた曝露濃度を35.9 µg/m³として曝露マージン(リスクを考慮する確率のようなもの)を算出していますが、この値の適切性について、議員からも疑問が提起され、今後の実態調査において継続して調査していく必要があると議論されておりました。
室内濃度指針値の検討についてより詳しく知りたい方へ
今回の室内濃度指針値追加の検討は2017年に実施された物質に対して再度検討を行っている形になります。2‐エチル‐1‐ヘキサノールについて具体的に見ていくと、2017年には130µg/m³を指針値予定濃度として示されました。今回はMOE曝露マージンが高いため実質リスクが低いと判断され、指針値予定濃度を決めないまま今後継続監視という形になっています。
第25回シックハウス問題に関する検討会でリスク評価の仕方が示され、それに従いリスク評価を行っていくことになりました。その手順は以下です。
リスク評価の手順と結果
- キースタディの選定:リスクを決める上で参考となる既存研究を選ぶことです。一般毒性、生殖発生毒性、発がん性の3つの観点から選ばれます。今回もそれぞれに対してキースタディが挙げられておりますが、最も厳しい値や室内環境を想定したものが最終的に採用されました。
- マウスを用いた3か月反復吸入投与試験をキースタディとして選定(一般毒性としてのキースタディ)
- 有害性評価の実施:
- 最低用量での嗅上皮におけるolfactory marker protein (OMP)陽性細胞の用量依存的減少を観察。
- LOAELを21.9 ppm(連続暴露補正後の値:5.2 ppm=27,600 μg/㎥)と判断。
- 不確実係数の適用:
- 個体差、試験期間、LOAEL採用に基づき、不確実係数積(UFs)を200と設定。
- 初期リスク評価の実施:
- 2-エチル-1-ヘキサノール(2E1H)に対する初期リスク評価を実施。
- 実態調査の結果分析:
- 実態調査から、2E1Hの室内空気中濃度の最大値を調査。
- MOE(暴露マージン)の導出:
- NOAELまたはLOAELに相当するヒト暴露濃度と実態調査における95%tile値に相当する濃度からMOEを計算。
- リスク評価の結果の解釈:
- 一般毒性、生殖発生毒性、発がん性に関してMOEがUFsを上回っているため、2E1H濃度が現在のレベルを維持する限り人健康影響のリスクは低いと判断。
2017年と2024年で異なる指針値の計算方法
項目 | 2024年の検討 | 2017年の検討 |
有害性評価 | LOAEL: 21.9 ppm (連続暴露補正後: 5.2 ppm = 27,600 μg/m³) | NOAEC: 8 mg/m³ (室内空気質ガイドラインとしての指針値算出の基礎) |
MOE (暴露マージン) | 769 (計算式: 27,600 μg/m³ ÷ 35.9 μg/m³) | 算出方法が異なるため、直接比較はできない。しかし、指針値算出にはNOAECと実際の環境濃度が考慮される。 |
UFs (不確実係数) | 200 (個体差: 10、試験期間: 2、LOAEL採用: 10) | 10 (不確実係数として、個体間差10を用いる) |
2024年ではLOAELを採用
過去(2017年)と2024年の検討では、室内濃度指針値の計算方法に顕著な違いがあります。2017年の検討では、NOAEC(有害効果が観察されない最高濃度)に基づいて安全な室内濃度指針値が設定され、時間補正と不確実係数の適用により、より厳しめな指針値が導出されました。一方で、2024年の検討では、LOAEL(有害効果が観察される最低レベル)を基にし、不確実係数を適用して室内濃度指針値を計算しています。
補足:LOAELとNOAELの違い
LOAELは有害効果が観察される最低レベルを、NOAELは有害効果が観察されない最高レベルをそれぞれ示します。LOAELは有害効果の存在を、NOAELは安全性の境界を示し、両者はリスク評価の異なる側面を照らし出します。
MOE曝露マージンを考慮
これらをもとにMOEと呼ばれる曝露マージンが計算されます。この値が100以上であれば、実際には新たな指針値の追加はされませんでした。
補足:MOEとは
MOE(Margin of Exposure)は、有害効果が観察される濃度と実際の曝露濃度との比率で、リスクが低いことを示す指標です。MOEが100以上であればリスクは低いと考えられます。
(A) NOAEL 又は LOAEL に相当するヒト暴露濃度 (μg/㎥)
(B) 実態調査における 95%tile 値に相当する濃度 (μg/㎥)
(A)/(B)によって算出されます。
今回(A)には 有害毒性評価値として27,600 μg/m³、(B)には実際の曝露濃度として過去の実態調査の結果35.9 μg/m³が使用されました。
その結果MOEは769 です。
室内濃度指針値設定の課程と結果を考察
2017年ではNOAELを採用し、2024はLOAELを採用したことにより、より緩い基準に設定されたのかと思いましたが、そういうわけではなさそうです。
もし今回室内濃度指針値を設定するとしたら138µg/m³
2024年のデータに基づく計算では、室内濃度指針値を138µg/m³と設定することが可能です。これは、LOAEL:27,600 μg/m³と不確実係数200を用いて、前者を後者で除して計算することができます。
2017年の指針値予定濃度は130 µg/m³ ですので、ほとんど変わりのないことがわかります。
実態調査の結果が鍵
2024年の実態調査では、2-エチル-1-ヘキサノールの濃度が比較的低いことが明らかになりました。そのため、MOEの値は100以上となり、実際のリスクは低いであろうと判断されました。しかし、今回の調査は果たして現状を正しく示したものになるかということに疑問が残ります。
新築物件やリフォーム後では2-エチル-1-ヘキサノールの濃度が数百µg/m³であることは普通にあります。また既存の小学校の調査でも100 µg/m³を超える結果もありました。この物質はとても特徴的で可塑剤とアルカリとの加水分解反応で発生することが知られています。なので自然素材リフォームの際に壁紙の上に漆喰を直接塗布すると発生します。またはコンクリートの壁に塩ビクロスを張ったり、コンクリートの床にクッションフロアなどを敷いた時も発生します。特徴ある環境で発生しやすいです。
実態調査がこれらの特定の環境をどれほど反映しているかについても、疑問が呈されました。
MOEが100になる濃度は273 µg/m³であることも注目されます。この値は実態調査で対象となる住宅の選定の仕方では、95%タイル値になりえる値だと考えています。
室内濃度指針値とシックハウス問題の乖離についての考察
室内濃度指針値は、長期間にわたって健康への影響がないとされる濃度を基準として設定されています。これらの指針値は、既存住宅での生活を基準に考えられており、新築住宅やリフォーム直後の室内環境は直接的な対象ではありません。しかし、シックハウス症候群は新築やリフォーム後に特に問題となることが多く、この時期の室内環境は室内濃度指針値が考慮する範囲を超える可能性があります。
今回のシックハウス問題に関する検討会で3種類の物質の新規指針値の追加が見送られましたが、シックハウス問題の現状と住人の健康に寄り添った判断であったか少し疑問を感じております。特に2‐エチル‐1‐ヘキサノールは独特の匂いを持ち、その影響を懸念する人もいます。また、想定以上の濃度で発生する可能性もあります。
まとめ
室内濃度指針値の設定は、利用可能な科学的データ、実態調査の結果、および特定の環境における実際のリスクの評価に基づいて行われます。2024年のシックハウスに関する検討会では、2-エチル-1-ヘキサノール、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールモノイソブチレート、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレートのリスク評価が行われました。その結果、現在の室内環境が比較的安全であることを示され、指針値への追加が見送られました。
今回は2-エチル-1-ヘキサノールに注目し、リスク評価の内容を見ていく中で、実態調査での結果が曝露マージンに大きく反映されることから、実態調査の実施の仕方について、追加の検討が必要だと感じられました。また、シックハウス症候群は新築やリフォーム後に特に問題となることが多く、この時期の室内環境は室内濃度指針値が考慮する範囲を超える可能性があります。
住宅の作り手や住まい手がこの点について理解し、シックハウス問題の取り組み方を考えていく必要があると思います。
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